幼稚園は一足早く年度の終わりのプログラムがど真ん中、今週13日が卒園式となる。小さな幼稚園ではあるが、1952年の誕生(年度単位で進む幼稚園ゆえ何も騒がなかったのだが、2月28日が74歳の誕生日であった)以来、2千人を超える卒園生をこの四谷の地に送り出している。初代園生の時代から見れば孫が現役園児という程度の歴史は持っていることになる。
少子化は今さら言うまでもなく、幼稚園の将来に暗い影を落とし、高齢化もまた言うまでもなく、教会の今に暗い影を落とし続けている。加えて今週大きな報道もあって、某宗教団体の解散命令が確実になった。政治家と結託して覇権を広げてきたこの教団の解散は、ただでさえキビシイ風に晒される「宗教界」全体にとって、さらに厳しい逆風となるだろう。
先週、日本基督教団宣教方策会議が行われた。テーマは「岩の上に立つ全体教会〜危機の中で見える希望〜」。地方の小さな教会で20年を過ごす牧師が「随分のんびりしたテーマです。まだ希望があるとでも仰るのですか」と問うていた。日本中の知恵を集め税金を投入しても解決出来ない少子化問題、それ故にドミノのように引き起こり続ける高齢化問題を、たちまちに解決出来る妙案など(少なくとも教会で、でさえ)あるわけがない。やれるはずだった手、やるべきだった手を打たず、こまねいてきた日々はむしろ「〜危機の中で遅きに失したがやっとわかった反省点」とでもするべきだった。あえて「希望」などと言っているのだ(それも「【全体】教会」だってさ)、たぶんわたしたちの来し方に反省の点などないと思っているのだろうなぁ。
だがしかし、もちろん人間の歩みが間違うことなんていくらでもある(そして権力がそれをもみ消してきた)。だけど、そういう人間を用いて、地上に神の国の似姿を立てようとなさる神さまは、人間がどれだけ邪魔しようともそのご計画を1ミリも変更なさらない。それこそが、それだけが「希望」に違いない。
2026
08Mar
四谷快談 No.258 希望


