年度末を控えるこの3学期はだいたい毎年複数のプロジェクトが同時進行となる。そして困ったことに年を重ねると、それに見合うだけ「責任」という利息が増えてくる。つまりプロジェクトをリードしなければならないということ。ひとつが終わると新たなプロジェクトになるならまだナントカついて行けるのだが、同時進行に適応する能力がだんだんと衰えていることを実感させられる。パソコンはどんどんマルチタスク化しているのだが、それを弄るナマ身の「アタマ」が非マルチタスク仕様なのだ。
だからというわけではないが、逃れられないのであれば逆にそのマルチタスク的プロジェクトの数々から「楽しみ」を見つけ出すしかない。息抜きや休憩や癒やしも、他から得るのではなくプロジェクトそのものから得るような。そういう経験を重ねることで、なんとだんだんとそういう技術(?)が身についている。
そんなに大げさなことではないのだけどね。思い起こせば昔から、例えば定期試験の直前になるとどうしても部屋の模様替えをやりたくなったりしたものだ。「現実逃避」と非難されることもしばしばなのだけど、そんな程度で逃避出来るほど現実は甘くない。結局模様替えで息抜きしているのだ。それと同じような感覚がマルチタスクの中でプロジェクトそのものを楽しむという発想なのではないかな。
時間や仕事に追われるのも事実ではあるが、それも案外悪くないかもしれない。追われなくなった姿を想像出来ないのではあるけど、追われないことが幸せという程単純でもなさそうだし。むしろ「追われる」程度のほうがはかどることだってあるかも知れない。わたしの抱えていることなんてたぶんきっと「その程度」のことなのだから。
「働いて働いて働いて働いて働いて、まいります」なんだってね。人にそれを強要するのはイカンけど、ま、自分で言ったのだからがんばってね。
2026
01Mar
四谷快談 No.257 働くこと


