ゼカリヤ8:1−8/Ⅰテサロニケ2:1−8/ルカ2:41−52/詩編89:1−15
「それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。」(ルカ2:51)
聖書にはイエスの子ども時代の話がほとんど記録されていません。今日お読みいただいた部分は貴重な一箇所です。新約聖書27巻に入りきらなかった「外典・偽典」と呼ばれるものの中には、マジシャンのような奇跡を行う少年イエスや、雪舟の幼少時の話かと思われるような逸話が納められているものもありますが、結局それらは聖書聖典から外されてしまいました。物語自体に信憑性がなかったということでしょう。もちろん、そもそもで言えばクリスマスにまつわるいわゆるイエス誕生の物語も、口伝はあったとしてもそれをまとめたのはマタイとルカで、その意味では創作に過ぎないわけで、イエスについてはおそらくバプテスマのヨハネが殺されるまで、誰もその存在に気を留めないでいたのだと思います。もちろん、クリスマス物語が福音書記者の創作話だからといって、その内容が無意味だというわけではありません。そこにはむしろ、福音書記者が「イエスとは誰か、何をする方か」という極めて神学的な問題への一つの答えが現れているのです。その点では十分に意味があります。ただ、物語自体が設定されたものであって、だからこそイエスの誕生を実況したものでも述懐したものでもない。それは福音書という物語を知る上でとても重要な視点です。
そういった福音書の構成の中で、ルカはイエスの少年時代に目を留めたのでした。イエスの両親は敬虔なユダヤ教徒であって、定められた祭りの時には必ずエルサレムの神殿を詣でた、と。「イエスが十二歳になったときも」(同42節)とありますが、ユダヤの風習では13歳から大人の仲間入りだそうです。イエスが12歳で祭に参加した、させてもらえたということに、ヨセフとマリアのユダヤ教に対する意識が表れているのかも知れません。
その祭りで両親の思いに水を差すような事件が起こったのです。神殿に詣でたあと、帰路についたマリアとヨセフ、同行した人たちの中に少年イエスが見当たらなかった。つまり、大都会で一人迷子になったらしいのです。そこで人々は手分けして探しながらついにエルサレムまで戻ってしまいます。すると、なんとイエスはまだ神殿の境内にいて、初めて主の会衆に加わった少年でありながら、学者たちと言葉のやりとりをしていたというのです。
初めて主の会衆に加わって、しかも初めてユダヤ教で一番大切にされているお祭りに参加したのだから、少年イエスの興奮状態は推して知るべし、なのかもしれません。境内にいる大勢の大人たちの中で、人々に指図したり、人々に何か語って教えている人たちに向かって、この少年が様々な質問をしたことは、あるいは想像がつくことでしょう。現代でも、例えば禅問答などと呼ばれるようなやりとりがありますが、質問されたことに対して、逆に質問を投げ返すことによってさらに対話を深めてゆくという手法を指します。学者たちと少年イエスのやりとりは、まさにそういったものだったのかもしれません。「聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。」(同47)とわざわざ書かれています。面白いのは、大の大人、しかも人々にものを教えるような人たちが、僅か12歳になったばかりの少年の受け答えに、なんと3日間も付き合っているということです。その場所を立ち去りがたく居残っていたのは、もちろん少年イエスもそうでしたが、学者たちもまたそうだったということでしょう。イエスの受け答えが核心を突いていたのではないか。そのために大の大人がその議論に引き込まれ、我を忘れるように3日間も問答に夢中になっていたのではないか。そう思われるわけです。
最初に申しましたように、イエスの誕生物語はルカとマタイのある種創作です。でも、単にお話しを作りあげたのではなく、ある意図を持って福音書に誕生物語を書き加えたのです。そしてルカに至っては、赤ん坊の誕生ばかりではなく、8日目に割礼を受けるために神殿に出向いて、老人による不思議な託宣を受けたことや、12歳の少年時代の逸話まで書き足したのです。ですから、今見てきたような神殿で3日間も学者たちと少年が議論していたことは歴史的な事実ではないでしょう。でも、事実ではないけれどもルカにとっては必然があったということです。いったいどんな必然だったのでしょう。
成人していわゆる公生涯に入ったイエスが民衆に語ったことはほとんどがたとえ話でした。福音書では短くまとめられていますが、それこそ時間の許す限りイエスは人々と語り合ったに違いありません。しかも最後の結論は、その話を聞いた者たちが自ら決定づけるように促されたのです。それは話を聞いたその人がある決断を持ってその後の生き方を左右することになったし、あるいはイエスによってそのような道を示されたということでしょう。それが名もなき群衆でも、貧しい無一物の、それこそ明日命が繋げられるかどうかわからない者でも、神殿の境内にいて人々に生き方を説く学者であっても、きっと何ら変わらなかったことでしょう。あるいは人生経験豊富な老人であったとしても、血気盛んな若者であったとしても、あるいは主の会衆に初めて加わったような少年であったとしても、何ら変わらなかったはずです。神さまがわたしたちに真理を、道を、命を示そうとされるならば、受け手がどういう状態であったとしても、いつでもそれは核心を突くことであり、常識に対して挑戦するものであり、それゆえに世を騒がせるものであったに違いないのです。結果、成人したイエスはそのために処刑されます。しかし、その口から出る言葉がどれほど人々にとって驚くべき事であったかは、既に12歳の時に学者たちの間で証明されていたのだ、ということをルカは書きとどめる必要があったのではないか。想像するとルカの必然とはそういうことだったのかも知れません。
僅か12歳なのか、まだ12歳なのか、あるいは12歳にしてなのか。その判断はわたしたちにかかっています。ただ、真理は語る者の年齢に関わりなく真理なのです。語る者の身分に関わりなく真理なのです。語る者の立場に関わりなく真理なのです。そしてそれはいつも、聞く者たちを不安にし、深く考えさせ、あるものにとってはその後の人生を大きく変えてしまうことなのです。そしてマリアは、このちょっと育てにくかったであろうイエスという息子のすべての行いを「すべて心に納め」(2:51)る母であったのです。
祈ります。
すべての者を愛し、導いてくださる神さま。あなたにこそ真理があり、その真理に触れた者はその後の人生を大きく左右されます。あなたはそのようなわたしたちを受け入れ、支え続けると約束してくださいました。神さまが与えてくださった真理をわたしたちに示してくださった主に出会うことによって、わたしたちにあなたのすべてを知る道が開かれたのでした。その道を喜んで進んでゆく者とならせてください。復活の主イエス・キリストの御名によって、まことの神さまにこの祈りを捧げます。アーメン。


