今年も、日曜日3回の不在日を許可いただいてこの夏を過ごした。牧師はほとんどの場合礼拝を自分で主催するので自分流の進め方が世界で唯一正しいと思い込んでしまったりする。もちろんその進め方だって自分の生育歴の中で伝えられたモノに過ぎない訳で、オリジナリティに満ちあふれているほどではないのだが。そういう職種上の特殊性を、この3回の不在日が緩和してくれているのは事実。いろんな教会の礼拝に出席することは刺激的だし大きな学びの時となる。まぁこの時期に3回連続である必要があるかどうかはこれからの検討課題ではあるのだが…。
今年まず最初に決まったのは、弟の没後7周年の記念式を8月16日に北海道・北見で行うということ。必然的に17日は連れ合いの母教会である北見望ヶ丘教会で礼拝することになった。
できるかぎり北支区内の教会を訪問する、出来れば47教会をコンプリートしたいと四谷に来た時から願っていて、今年支区長を引き受けてからその機会が格段に増えたのだが、残り2回はそれに用いようと思った。そこで10日は幼稚園での繋がりもある下落合教会を訪ねた。週報に記載してある礼拝式順をさらに簡素にした短縮版で礼拝を捧げているということで、30分強というおそらく最短の経験をした。
15日に四谷を会場に「8・15東京集会」を開いたが、講師の崔善愛さんが「他者を理解することは出来ない。だからこそ他者と出会う必要がある。是非在日の存在と出会ってほしい。」と仰った。そこで24日は飯田橋にある在日大韓基督教会東京教会の日本語礼拝に出席した。本来は日曜日4回の礼拝を捧げるらしいが、今はその第2部(日本語・10時)と3部(韓国語・11時半)だけなのだとか。善愛さんの仰った「出会う」までには至らなかったが、せめてその雰囲気は充分に感じた。でもせっかくなら同時通訳つきの第3部にもそのままいたら良かったのかも。
というわけで、四谷に戻ってきました。
2025
31Aug
四谷快談 No.231 夏の教会めぐり
