2月末に父が亡くなりその葬儀などでほぼ一週間帰省した。
寝泊まりしたのは葬儀社の中の遺族控え室。秋田県横手市はいわゆる平成の合併で横手市、増田町、平鹿町、雄物川町、大森町、十文字町、山内村、 大雄村がひとつになった。私の本当の故郷は平鹿町。横手はだからわたしが子どもの頃には「出かける先」、よその土地なのだ。だが今回は葬儀社が横手にあるためにそこを拠点とした。いちばん困ったのは3食の食事の準備だ。遺族控え室には簡単なキッチンも冷蔵庫も電子レンジもお風呂もあるのだが、肝心の食料品を調達するのが難しい。地方では一家に1台どころか一人が1台の自家用車を乗り回す。だから東京から電車を乗り継いでやって来た者にとっては、車がなければただでさえ不便極まりない上に、秋田自動車道横手インターに直結する国道13号線際に建つということは、車利用者にのみ便が良いということ。歩いて出かけるには近くのコンビニさえ相当遠い。
5日程度の滞在だったからこうやって書き下ろしてみれば笑い話程度なのだが、実は地方にあって嗤えないキビシイ現実もある。それが日常品・食料品の買い物だ。
地元に愛されてきた食品スーパーがどんどん閉店している。全国的な状況らしい。わたしにとっての本当の実家である平鹿町浅舞でも、私が物心ついた頃には営業していたスーパーが閉店し更地になっている。90歳を超える母親は今の施設に入る前には自転車をこいで片道1キロほどをほぼ毎日のように買い物に出かけていた。あの年齢には珍しく店独自のプリペイドカードも自在に使っていた。そのスーパーが閉店したのだ。平鹿地域の人口はおよそ1万2千、3千7百世帯ほど。もちろん横手辺りで仕事をしている人口が大半(車出勤ね)だろうが、お年寄りのQOLは明らかに低下の一途。
秋田県という一地方の話ではなく、これがわが国のあちこちでの現実なのだと思うと、なんだかなぁ。
2025
13Apr
四谷快談 No.211 実感した切実さ
