第73回卒園式が今終わった。この子どもたちが入園した頃はまだコロナの影響を心配しなければならない時代だった。送り迎えで親たちは全員マスクをしなければならなかった。もちろん迎える教師たちも同じ。振り返ると親たちの顔は半分なかった──もちろん教師たちも鼻から下は顎までなかった──。そして門のところで検温し異常がないことを確認しての登園。この子たちのうち幾人かは2歳児プレクラスの「こひつじぐみ」経験者だがそれはコロナで閉鎖されていたクラスが再開して最初のことだった。幼稚園の日常も様々に用心され、また様々に工夫して続けられた。そんなコロナ過渡期を過ごした15人なのだ。
人生、苦しいことはたくさんある。計画通り進まないことも想定外のことも起こる。これほどまでに自然災害が毎年どこかで引き起こされる国になってしまったのだ、「人生は苦難ばかり」と言う方が正しいかもしれない。子どもたちに手渡せる「明日」は、残念で申し訳ないけど、そういう「明日」だ。
だけど、苦しければ苦しいなりに何とか方法を見つけ出すことができることを、少なくともこのコロナ過渡期にわたしたちは等しく経験してきた。言い換えれば、知らない間に苦難に遭遇したときの逃れの道を見出す力を養ってきたのだ。もちろんわたしはキリスト教の牧師なのだから「神さまは苦難の時に、逃れの道を備えてくださる」と言って構わない。だが、神など遠い人、信じない人、信じられない人であっても、苦難に直面するときに当然あたふたしながらしかし何とかそれをやり過ごす術を身に付けている。本人も知らない間に、苦難に出くわすことによって、苦難から実はそういう力が育てられてきているのだ。
それこそが、まさにこの幼稚園でこの15人が身に付けてきたこと。惜しむらくは幼稚園がそんなプログラムを意図したわけぢゃないことかな。でもみんな「生きる力」を身に付けたのだ、この先だって必ず何とかなるものだよ。卒園おめでとう。
2025
16Mar
四谷快談 No.207 知らない間に身に付けるモノこそ「生きる力」
