17日(金)、幼稚園はこの春の新入園児を迎えて一日入園を行った。全員が揃っても12人、今回は二人欠席だったので10組が登園してきた。
卒園を控えた年長組は、間もなく近くの小学校を訪問する。彼らは幼稚園でこそ最年長で年下の子どもたちの面倒もよく見てくれる頼れる存在だが、小学校に入学した途端、いちばん小さな生徒となっていろいろな人たちから面倒を見られる立場になる。僅か6〜7歳でこんなにも劇的な立場の変化を体験するのだ。
その上幼稚園や保育所・こども園では(少なくてもどこででも)「あそびが大切」とか「あそびは大事」と言われ続けてきたのに急に「勉強」もしなければならないのだ。そして自分の価値が数字に置き換わって表れてくる。それはつまり簡単に比較出来る対象にされてしまうということ。このすべてを「小学生になったんだから」と強制的に受け入れなければならないのだ(今これを書いている還暦をとうに過ぎた者にとってもなかなか受け入れるのはキビシイぞ)。
ひょっとして「社会に適応する」とはそういうことなのかもしれない。幼稚園はせめてそういう「社会」に「適応」するための準備をする場所ではなく、幼稚園として完結する一つの場所であって良いのではないかと、近年つとにそう思うようになってきた。
12人いれば12を超える個性が立ち並ぶ。それを一つにまとめる(先生に・幼稚園に都合よいこと)となると大変だ。だけど、幼稚園はその個性がぶつかり合うことを体験する場所だと思えば立ち並ぶことの方がむしろ好ましい。それぞれに個性がなかなかキラキラしている小さな集団。個性が余計光って見える場所。
それぞれが持っているこの豊かな個性を、四谷新生幼稚園といえども園のカラーにはめ込んだり染めてしまってはいけない。幼稚園がその個性を奪ってはならないだ。集まってきた子どもたちの笑顔を見ながら、改めて心に誓った。
2025
19Jan