※本日滝澤牧師不在日につき、音声データはありません。
情景を思い浮かべてみました。
“ある人”が道を歩いていました。散歩が好きな人でしたが、その日は歩いたことが無い道を歩いていました。視線の先には建物が建っていました。門は、見当たりません。
建物の周りに塀は無く、乗用車が数台駐車出来るような空間が少し広がっていました。
門も塀も無いので、どこから敷地なのか分からない状態で、その建物は建っていました。
壁は白く塗られていました。建物の扉は、左右に開かれていました。間口は広く感じられました。建物の中に入ってみると、天井は高く2階建ての高さくらいあるようでした。
5人くらい並んで座れそうな長椅子が、真ん中を通路のように間をあけて左右に同じように、建物の入り口の方に背もたれを向けて、いくつも整然と並べられていました。
その長椅子に座っている人がいました。手を膝の上で組んで目を閉じて俯いて、口を微かに動かしているように見えました。“ある人”も同じように長椅子に腰かけてみました。
しばらく腰かけている間に、この建物に出入りする人を数人見かけました。
出入りする人たちは思い思いに長椅子に腰かけて、俯いて手を組んで静かに座っていました。
少しの間そうして座っていて、そのうちゆっくり顔をあげて立ち上がり建物から出て行きました。暫くすると、また別の人が入って来て座って俯いて少しの間じっとして目をつぶり、また顔をあげて立ち去っていきました。そうやって出入りしている様を、“ある人”は黙って長椅子に腰かけたまま見ていました。
別の日、“ある人”は道を歩いていました。雨が降っていたので傘をさしていました。
視線の先に、また建物が見えてきました。建物の扉は開かれていました。風が少しあって雨も建物の中に吹きこんでしまっていましたが、扉は開かれたままにしてありました。また、中に入ってみました。着ている上着の裾から雨のしずくが滴り落ちるくらい濡れてしまっていましたが、長椅子に腰かけました。前の方の長椅子に腰かけている人が見えました。その人は、それほど寒い気候ではないのに厚手の上着を着ていました。何かを詰め込んで大きく膨らんだ袋が、二つ三つ、その人の足元に置かれていました。その人の持ち物のようでした。
どこからか、その人に近づいて一言二言話をしてタオルを渡した後、建物の出入り口とは反対方向に向かって歩いていく人がいました。その人が歩いて行く先には少し開いている扉があって、その人は扉の向こうに行ってしまい、扉は静かに閉じられました。扉の向こうは別の部屋でもあるように思われました。タオルを受け取った人は、すっかり濡れてしまった頭や服を黙って拭いていました。カチャリ。建物の出入り口とは反対方向にあるさっき閉じられた扉がゆっくり開きました。さっきタオルを渡していた人が、今度は別の物を手にして歩いてきます。タオルで拭いていた人に一言二言声をかけて持ってきた物を渡しました。
その人は拭いていた手を止めて両手で受け取っていました。渡した人は、またもと来た扉の向こうへ歩いていき、背中を向けたまま扉を静かに閉めました。受け取った人の手元からは湯気がたっているのが見えました。その人は、ゆっくりと床に座り込み、湯気がたっている物を口に運びました。一口飲み込んだ後、深いため息をついていました。
別の日、“ある人”は朝早く目が覚めたので、散歩に出かけました。視線の先に建物が見えてきました。建物の扉は開いていました。中に入ってみると、扉のそばの床に、座っている人がいました。雨が降っていた日に見かけた人のようでした。目をつぶって眠っているようでした。カチャリ。出入り口とは反対方向にある扉がゆっくり開きました。この間見かけた人とは違う人が何か手にして歩いてきます。床に座っていた人に近づいて声をかけて一言二言話をして持ってきた物を渡しました。床に座っていた人は両手で受け取って、それを口に運び齧りました。何度も噛んで飲み込むと、目をつぶってゆっくりと体の中に入っていくのを体全体で味わっているようでした。
別の日、日曜日の朝、“ある人”は、また散歩に出かけてみる事にしました。視線の先に、建物が見えてきました。建物の扉は開いていました。扉に近づいていくと人の話し声が聞こえてくるようでした。出入り口の所に立って覗いてみると、長椅子に腰かけている人が多くいました。“ある人”は、中に入る事がためらわれました。中に入らず、そのまま、またゆっくりと道を歩き始めました。少し慌てたように急ぎ足で歩く人とすれ違いました。その人を目で追うように振り返ると、その人は、その建物に入っていきました。そのまま建物の出入り口を見つめていたら、そこから歌が聞こえてきました。
別の日、“ある人”は夜眠れないでいたので外に出てみました。気分が沈んでいたので、散歩を楽しむ感じではありませんでしたが、歩いていれば少しは気分も晴れるかもしれないと思い歩いてみることにしました。他に歩いている人は見かけませんでした。自分の歩いている靴音だけが耳に入ってきます。線路わきを暫く歩いていましたが、電車が通り過ぎることはありませんでした。歩いていく先が、ぼんやり明るくなっているようでした。周りは暗かったので、少しの明かりがとても明るく感じられました。歩いて行く先には、あの建物があり、明かりはあの建物から漏れていたのだと分かりました。扉は開いていました。中に入ってみると、誰もいませんでした。そっと長椅子に座ってみました。誰もいない建物の中を見渡していたら、自分のためだけに明かりがついているように思えてきました。目をつぶってみました。心の中の波が静かに凪のように思われました。立ち上がり建物から出ようとすると、長椅子に横になっている人に気が付きました。入ってきた時には気が付きませんでした。
布団がかけられていて、まるでベッドに横になっているように見えました。
別の日、“ある人”は歩いていました。あの建物へ行く道とは違う道を歩いていました。
公園の横を通りかかりました。4、5歳くらいの子供が、大人に背中を押してもらいながらブランコで遊んでいます。少し離れたベンチでは、二人のお年寄りの女性がおしゃべりを楽しんでいるようです。公園の中をカバンを下げて忙しそうに早足で横切っていく人もいました。その公園に人が集まっているのが見えました。10人くらいいるようです。広げたシートの上に皆座っていました。1人の人を囲むようにして何かしているようでした。皆の中心にいるその人は、開いた本を両手で持ちながら、皆に向かって何か話をしているようでした。
周りを囲んでいる他の人たちも、それぞれ自分の膝に本を広げていました。話に頷きながらペンをとり開いた本に書き込んでいる人もいました。大人の背中に寄りかかりながら、広げた画用紙に絵を描いている子どももいました。集まりの中から静かに抜けるように立ち上がって歩き出す人が一人いました。その人とすれ違う時に思い切って聞いてみました。「皆さんで集まって何をしているのですか?」「礼拝です」「こんな所で礼拝ですか?礼拝は教会でするものではないのですか?」「壁も屋根もありませんが、今、ここは教会です」その人は穏やかに答えてくれました。そこに集まっている人たちに視線を移して見回していると、その人は再び穏やかに言いました。「よろしければ一緒に歌を歌いませんか?これから皆で歌を歌うんです、きれいな歌ですよ」誘われるままに、その場にゆっくり腰を下ろすと皆は歌い始めました。その歌は、最近聞いたような気がしました。目をつぶって静かに聞いていると、この間、あの建物から聞こえてきたあの時の歌と同じようでした。公園の中心には大きな木が立っていました。豊かに茂らせた葉の間から太陽の光が、柔らかく皆の上に降り注いでいました。