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2022
23Oct

四谷快談 No.82 コロナが暴いたもの

  • 四谷快談

 先日新宿区私立幼稚園連合会教養講座が開かれた。講師として招いたお一人は新宿区長の吉住健一さん。演題は(ご本人がすっかりその演題を忘れていたそうではあるが…)「新宿区長が見るコロナ後の子育て」。

 このお話の中で印象的だった言葉がある。それはコロナが私たちの暮らしにもたらしたものは何であったかということを区長が分析したこととして話された中に出て来た。

 曰く、コロナでわたしたちの日常に「犯人捜し」がまん延した。誰かを標的として執拗に繰り返し攻撃するようなことが常態化した。日本人は他者を重んじ思いやることをこそ美徳としてきたはずだったのに。同じようにあらゆる物資の製造がすべて滞った。かつてこの国は世界一優秀な生産技術を誇り、「Made In JAPAN」がブランドだったはずなのに。

 吉住区長の問題意識はこの2〜3年わたしが漠然と抱いてきた問題意識と全く重なった。

 コロナに限らずここ十数年の間さまざまな新型感染症がこの国を脅かしてきた。その度に(発症例が海外だったからある意味当然ではあるが)「水際対策」が叫ばれ、どういうわけかその対策から漏れて国内発症第1号となった「患者」は、労られる存在ではなくまるで極悪犯人であるかのように扱われた。未知の病気であることを差し引いたとしても記憶にあるかぎりその扱いは極めて酷かったのだが、病気への恐怖がそれを許してしまった。

 ところが、「新型」が繰り返される度に対策は全く同じ道を辿った。失敗から学ぶべきなのに真逆で、「今度こそ」との熱意が増し加わる分、感染者への対応の酷さもどんどん増していった。「明日はわが身」とか「お互いさま」が全く通用しない世の中。生きていることが「恵み」ではなく「リスク」になっていった。

 本来「神の愛」を説くべきわたしたち教会もその波を被り、その波をむしろ増幅させた。この罪は計り知れないほどに重い。

10月30日礼拝のご案内

「見えない神さまの手や足」滝澤 貢牧師

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