7月23日、迎賓館前にいたわたしの目の前に突然6機のジェット機が編隊を組んで現れた。爆音が後から追いかけて来る。ブルーインパルス。
書店員時代、宮古・釜石・大船渡・陸前高田は営業エリア。毎月車にどっさりと本や荷物を積んで出かけていた。顧客や友人がたくさん出来た。だから震災後そこに足を踏み入れられなかった。怖かったのだ。今でも。ある日宮城の牧師に誘われて石巻を訪ねた。仙台から向かう目の前にブルーインパルスの練習風景が飛び込んできた。縦の円を描く訓練中のようだった。よく言われる陳腐な「勇気をもらった」の言葉が現実になった。
毎年のように災害が起こるこの国で、その最前線で救助にあたる自衛隊。泥まみれになりながら最後の一人まで必ず見つけ出してくれる。つい先日の熱海の惨事でも、今ほとんどの人の目は五輪に釘付けだろうが、わたしたちの関心の陰で不明者の捜索が今もまだ続いている。災害の度にSNSには隊員への感謝の言葉が多数綴られる。本当に頭が下がる。ありがたい。
だからこそ、そんな彼らを無益な戦争で失いたくない。人々に感動と勇気を与えるあの高度な飛行技術はそれだけで大切な宝ではないか。その技術で人を殺したり場合によっては殺されたりさせるのは大きな損失ではないか。炎天下であっても黙々と救助にあたる彼らは、その働きだけでも大切な宝ではないか。その彼らに、あの(あんな!)総理の命令ひとつで戦争でいのちを投げ出させることがあってよいのか。
戦争を想定しての過酷で厳しい訓練なのかも知れない。でも培われた技術や鍛え上げられた体を、戦争のために消費させるのは──しかも、しつこいけどあの(あんな!)総理の命令ひとつで──わたしには想像することさえ辛く、イヤなことだ。そうさせないことこそあの(あんな!)総理の一番の仕事のハズ。
青い空の下であの日、わたしはそんなことを考えていた。
2021
01Aug